24 免疫再考(6)PK-2




第24回サイファイカフェSHE



シリーズ: フィリップ・クリルスキー著『免疫の科学論』を読む(2)

日 時: 2026年7月18日(土)14:30 ~17:00

会 場:恵比寿カルフール B会議室

東京都渋谷区恵比寿4-6-1 恵比寿MFビルB1


参加費: 一般 1,500円、学生 500円(コーヒー / 紅茶が付きます)


カフェの内容

今回は、フィリップ・クリルスキー著『免疫の科学論――偶然性と複雑性のゲーム』の第1部「進化における生体防御」の第5章「生物の複雑性とその進化」、第6章「生体防御とロバストネス」を読んだ後、第2部「ヒト生体防御の組織――部分が全体に向かう」の第7章「分子と分子モジュール」、第8章「分子モジュールの連鎖」、第9章「細胞と細胞モジュールの構造」、第10章「防御反応における機能モジュールのつながり」、第11章「必然だが起こりそうもない出合い」、第12章「より個別化された医療へ」を概観する予定です。
参加希望者には、予め参考資料をお送りいたします。これらの問題に興味をお持ちの方の参加をお待ちしております。

テクスト: フィリップ・クリルスキー著『免疫の科学論――偶然性と複雑性のゲーム』矢倉英隆訳(みすず書房、2018) 第5章~第12章.

 連絡先: 矢倉英隆 she.yakura@gmail.com

よろしくお願いいたします。



会のまとめ





今回はフィリップ・クリルスキー著『免疫の科学論――偶然性と複雑性のゲーム』を読む2回目であった。2名の欠席はあったものの4名の方がお暑い中参加され、議論に加わっていただいた。改めて感謝したい。

予定していたのは以下の各章だが、ほぼ終えることができたのは、今回の章のタイトルを引用すれば、「起こりそうもない」ことであった。

第1部「進化における生体防御」
  第5章「生物の複雑性とその進化」
  第6章「生体防御とロバストネス」

第2部「ヒト生体防御の組織――部分が全体に向かう」
  第7章「分子と分子モジュール」
  第8章「分子モジュールの連鎖」
  第9章「細胞と細胞モジュールの構造」
  第10章「防御反応における機能モジュールのつながり」
  第11章「必然だが起こりそうもない出合い」
  第12章「より個別化された医療へ」

第5章では、生物の複雑性が、分子、細胞、個体、生態の各レベルで見られることが示された。たとえば、一つの分子が複数の立体構造を取ることができ、細胞内では大腸菌で4,000ものタンパクが相互作用して複雑なネットワークを形成し、個体内ではヒトにおける現在の推定で37兆個の細胞が相互作用し、生態系においてもその複雑性は劣ることがない。

複雑系の解析に重要になるのが、「モジュラリティ」という概念である。これは、ネットワークの中に、内部では密接につながり、外部とは比較的弱くつながる(機能的・構造的)「まとまり」が存在する性質のことで、一つのまとまりを「モジュール」という。たとえば、各種細胞におけるシグナル伝達、DNA複製、DNA修復、タンパク合成、細胞周期の制御などに関わる分子群がそれに当たる。したがって、自然のシステムにおいて問題になるのは、モジュールを同定することである。

複合ネットワークの特性として、以下のようなことが挙げられる。
 ① 環境が同じでも細胞は異なる状態で存在し得ること
 ② システムの重要な性質が複数の層に分散すること
 ③ 複雑なシステムは、ロバストネスに依存していること
ロバストネスとは、環境における変化や内的機能不全による予見不能な状況にあっても、正常に機能する能力のことである。ロバストネスの改良こそ、進化の原動力であるとの考えも表明されている。

第6章では、生体防御とその複雑性を統合しているものとしてのロバストネスがテーマとなっている。生体防御の対象は外部の敵と内部の敵であるが、それを監視しているのは同じ装置である。外部の敵とは、物理的な環境、食物摂取(熱処理、下水処理、遺伝子組み換え食品、畜産における抗生物質使用)、生物学的原因(病原体、アレルゲン)などで、内部の敵とは、潜在する病原体、トランスポゾン(ヒトゲノムの40~50%)、DNA複製、タンパク合成、細胞間相互作用などの誤作動である。

この生体防御には、多くの見張りとセンサーが全身に張り巡らされている。見張りに当たるのは全身の細胞で、ウイルス感染の場合、細胞質内に存在するDNAや2本鎖RNAを異常として検出し、ウイルスペプチドをMHCクラスI分子と面に採苗表面に提示することにより、キラーT細胞の感染を知らせるといった具合である。この他、プロの見張り役として、マクロファージ樹状細胞が病原体や多くの情報に対する受容体を持っている。

ここで、免疫系は生体の全体を占め、監視、防御、制御の機能を担い、生体防御システムの一部を構成するものと定義され、研究者が適切と考えた一つの「モジュール」ではないかという見方を提起している。その上で、「生体防御システム」なるものは、研究者の想像の産物ではないかと言っている。これはクリルスキーが他の場所でも主張しているように、想像活動こそ科学の活動の基礎になければならないという彼の考えの表明である。

これから第2部に入る。ここでは、分子モジュールと細胞モジュールについて検討した後、実際の防御反応におけるモジュールのつながりを分析する。その上で、細胞内あるいは生体内という難しい条件の中で、適切な分子や細胞が「起こりそうもない」ような出合いをしなければ、正常な状態が維持されないことが示される。生命に内在する不思議な力のようなものを感じざるを得なかった。以下、具体的に見ていきたい。

第7章では、分子と分子モジュールが分析される。ヒトでは25,000の遺伝子があり、その5~7%(>1,000遺伝子)が生体防御に関与しているという。分子として、液性タンパク(補体系、抗微生物タンパク、抗体など)、シグナル伝達と制御に関わる液性分子(サイトカイン、ケモカイン)、細胞間相互作用や液性因子の受容に関与する細胞表面受容体、さらに並外れた受容体として、主要組織適合遺伝子複合体(MHC)分子のクラスIとクラスIIを挙げている。それぞれのMHCはそのポケットに抗原断片を入れ、クラスIはCD8陽性のキラーT細胞に、クラスIIはCD4陽性ヘルパーT細胞に提示するとされている。

ヒトのMHCはHLAと呼ばれ、クラスIにはHLA-A、-B、-C、クラスIIにはHLA-DR、-DQ、-DPという6つの遺伝子座があり、仮にA遺伝子座に7,000、Bに9,000、Cに8,000、DRに4,000、DQに3,000、DPに4,000の対立遺伝子があるとすれば、全体ではそれぞれの数を掛け合わせた多型性が生み出され、2本の染色体があるのでさらに倍の多型性が生じることになる。この膨大な多型性は、MHCのポケットでペプチドと結合する部分に集中しており、その個体が結合できるペプチドを決めていると言ってもよいだろう。これは、疾患感受性と関係があり、多型性が少ないと致死的な感染症の場合にはその集団が消滅する可能性があるからだとされている。つまり、個体を犠牲にして集団(種)の存続を優先する戦略を取っていることになる。このことは同時に、われわれの免疫システムは世界そのものを見ておらず、MHCによってフィルターがかけられているとも言えるだろう。

第8章では、分子モジュールの連鎖が論じられる。人工物の場合と異なり、生体におけるモジュールは人間が決めるため、誤りや重なり合いなども見られる。歴史上、モジュールの妥当性に問題があった例がある。それは、ニールス・イェルネ(1911–1994)のイディオタイプネットワーク理論である。イディオタイプとは、個々の抗体に特徴的な抗原決定基で、抗体の可変領域にある。パラトープとは、抗体の抗原結合部位である。イディオタイプは別の抗体のパラトープによって認識されることは実験的に確認されていた。そこからイェルネは、イディオタイプとパラトープの結合を介して、全身の抗体がネットワークを形成し、内的に免疫応答を制御しているという仮説を提唱したのである。この壮大なスケールの仮説に多くの研究者が惹きつけられ、1970年代中頃から15年ほど研究されたが、ネットワークの存在は確認できなかった。

証明されなかったこの理論に対して、クリルスキーは次のような評価をしている。
1)これは最初の体系的免疫モデルであった。
2)この理論は、領域を超えた研究者(生物学者、物理学者、数学者など)が議論する場を作った。
3)免疫学と神経科学の間に橋を架け、システム生物学への道も開いた。
このような評価は、仮説の成否だけではなく、それ以外の影響にも目を配っている結果生まれたものではないだろうか。前出の「想像」の産物を重視する態度にも通じるところがあるように見える。

他の分子モジュールの連鎖としては、カスケードを形成する補体系、細胞表面から核へのシグナル伝達系、MHCクラスIによるペプチド提示(プロテアソームを介する)に至る経路、MHCクラスIIによるペプチド提示(エンドソームリソソームを介する)に至る経路、非古典的MHC(CD-1)による脂質の提示過程などが挙げられている。

第9章では細胞と細胞モジュールについて検討される。基本的なカテゴリーとしての細胞には、赤血球、血小板、顆粒球(好中球、好酸球、好塩基球)、単球・マクロファージ、リンパ球などが挙げられ、以前のように自然免疫と獲得免疫を担当する細胞という識別が厳密にはできなくなってきていることが指摘される。細胞のモジュールは、多様な相互作用を互いに維持し合う細胞群から構成された集団と定義され、明確な輪郭を持つ臓器・組織を硬いモジュール、輪郭不明瞭で不安定な細胞の機能的集合体を柔らかいモジュールと呼び、「準臓器」と名づけた炎症における細胞の集合体もこの中に入れている。

リンパ器官として、T細胞の形成と教育に当たる胸腺、B細胞の製造所である骨髄、赤血球の浄化工場であり防御反応に関わる脾臓、微生物叢とのインターフェースを管理する腸粘膜、リンパ節、内臓におけるリンパ節とされるパイエル板などが挙げられる。また、リンパ節において免疫反応とともに形成され、抗体のアフィニティ成熟クラススイッチが行われる場である胚中心や、固形腫瘍も準臓器として捉えている。

第10章では、防御反応に関与するモジュールを① 炎症(最初は自然免疫を利用)に関わるモジュール、② 獲得免疫のモジュール、③ 炎症と獲得免疫を横断するモジュールに分類し(全体で20ほどになる)、実際の防御反応をこれらのモジュールの組み合わせで理解しようとしている。これらは著者が仮に決めたもので恣意性はあるため、非常に複雑な実際の現象の理解にどこまで有効なのかは、これからの展開を見る必要があるだろう。

第11章は、「必然だが起こりそうもない出合い」というどのような話題になるのか期待させる題が付けられている。これまでの解析から明らかになったように、生体防御を支えるロバストネスが適切に機能するためには、それぞれの分子モジュールは適切な場所で適切な時に出合い、分子を含む細胞も同様に生体内の時宜を得た出合いをする必要がある。それがいかに難しいことであるのか、しかしその出会いが可能になるように生体はいろいろな工夫をしていることが示される。そのことを「偶然性を減らし、時間と空間を組織化する」あるいは「偶然性を統御する」と表現しており、病原体との出合い、あるいは抗原受容体の形成における偶然性の他に、もう一つの偶然性の側面がここに現われる。

常に動いている分子が密集し、粘性のある細胞内において、機能的な結びつきを必要とする分子は特異的に出合わなければならない。そのために、受容体架橋、足場タンパク細胞骨格オルガネラ接触部位、液・液相分離などで空間的に分子を統御し、出合いの効率を上げている。細胞の出合いのメカニズムについても検討されているが、その中に胸腺内における自己抗原の発現を誘導する「自己免疫制御因子」(AIRE)が取り上げられていたのは新鮮であった。なぜなら、末梢に出るまでにできるだけ多くの自己抗原と反応して自己に対する反応が抑制される必要があるが、AIREを胸腺における出合いを調節する遺伝子として捉えていたからである。この点に反応したのは、7月11日に開催された第17回FPSSの最後の演者森望氏の最後の言葉――マルティン・ブーバー(18781965)の「存在とは出会いである」――が印象に残っていたためかもしれない。

それから、末梢におけるT細胞の寛容(自己を攻撃しない現象)に関連して、制御性T細胞(Tレグ)の話題を出した。この細胞と、1970年代から80年代前半にかけて研究された多田富雄先生(1934–2010)のサプレッサーT細胞との異同とその位置づけについて質問があった。サプレッサーT細胞も免疫応答を抑制する細胞として定義されたが、その細胞に特徴的だとされた分子が確認できなくなり、細胞自体の存在も疑われることになった。その後、「サプレッサー」という言葉自体が科学の中で禁句にされるという異常事態が発生した。その背景にどのようなことがあったのか、なかったのかについては興味あるところである。いずれにせよ、サプレッサーT細胞の存在が確認できないため、Tレグとの異同を確定することはできないというのが回答になるだろう。

ただ、多田先生の研究をどのように評価するのかという問題は残り、これは意見が分かれるところではないだろうか。この問題を考えるときに参考になるのが、第8章でも話題に上っていたイェルネのイディオタイプネットワーク理論である。この理論は実験的に十分な支持を得ることができず、現在の免疫学の中心的枠組みではなくなっている。しかし、本書の著者クリルスキーは、この理論の果たした役割に意義を認めていることは上記のとおりである。多くの科学者――さらに言えば、科学というもの――は、理論を出すだけでは不十分で、それを証明しなければならないと考えている可能性が高い。ただ、ヘルバーT細胞とキラーT細胞しか役者がいなかったところに、調節性の現象とそれを支える第三の細胞があることを唱えた点は評価されるべきではないかという考え方があっても不思議ではない。これは単なる科学的正誤の問題だけではなく、科学史的・哲学的に、理論や概念の価値をどのように評価するかという問題になるだろう。


まとめ:矢倉英隆(2026年7月20日)



参加者からのコメント


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