第21回サイファイカフェSHE
テーマ: シリーズ『免疫から哲学としての科学へ』を読む(3)
オーガニズム・レベルと生物界における免疫
日 時: 2025年7月9日(水)18:00 ~20:30
会 場:恵比寿カルフール B会議室
東京都渋谷区恵比寿4-6-1 恵比寿MFビルB1
参加費: 一般 1,500円、学生 500円(コーヒー / 紅茶が付きます)
会の内容
『免疫から哲学としての科学へ』を読むシリーズの第3回目は、第3章「オーガニズム・レベルにおける免疫システム」と第4章「生物界に遍在する免疫システム」を読む予定です。高度に分化した生物における免疫システムを詳しく見た後、生物界全体に視界を広げて免疫という現象の意味を考えます。免疫とは何なのかについて興味をお持ちの方の参加をお待ちしております。以下のテクストをお読みいただいてから参加されると、免疫に対する理解が深まると思います。
テクスト: 矢倉英隆『免疫から哲学としての科学へ』第3章、第4章(みすず書房、2023)
参加予定者には、あらかじめ資料をお送りします。
参加を希望される方は、she.yakura@gmail.com までお知らせいただければ幸いです。
なお、このシリーズ最終回の次回は以下の要領で開催予定です。
2025年11月14日(金)第22回サイファイカフェSHE: 免疫の形而上学
よろしくお願いいたします。
会のまとめ
1975年、ロバート・エイダー(1932-2011)らはパブロフのシステムで、無条件刺激として免疫抑制剤、条件刺激としてサッカリンを用いて抗体産生を調べたところ、サッカリンだけで免疫反応を抑制できることを示した。エイダーは1980年に「精神神経(内分泌)免疫学」という領域を提唱した。そのメッセージは、内外のストレスから身を守るためには免疫システムだけでは不十分で、神経系や内分泌系などの構成要素と総合作用する必要があるというものである。
神経系と免疫システムとの対話の例として、「炎症性反射」というメカニズムがある。これは、末梢組織に炎症が起こるとその情報を中枢に伝達する求心性神経と、炎症を抑制するシグナルを伝達する遠心性神経が作動して反射的に炎症を抑制するというもので、迷走神経がその役割を担っている。また、腹部の炎症で大脳の特定部位のニューロンが活性化され、炎症回復後にそのニューロンを再刺激すると末梢に炎症が起こるという報告もある。これは末梢の免疫反応の情報が大脳に記憶され、それを引き出すことができることを示唆している。もしこのような実験事実が蓄積されるとすれば、脳の特定部分が末梢における免疫反応をコントロールしていることになる。このような免疫の神経支配を「免疫ホムンクルス」と命名する人もいる。今後の進展が俟たれる研究領域である。
第3章、第3節のタイトルは「情報感知システムとしての免疫」で、免疫システムを感覚器として捉えてはどうかという見方を振り返っている。免疫細胞による神経伝達物質の産生や免疫細胞表面の受容体による神経系の情報の受容、あるいは組織に分布する神経への影響や精神状態による免疫反応への影響などが明らかにされている。これらを背景に、アラバマ大学のジェームズ・ブラロックは、1984年に感覚器としての免疫システムというアイディアを発表。さらに2005年には、我々が持っている五感では捉えられない情報を検出する第六感としての免疫システムという考えを提出している。ただ、すでに第六感として固有受容感覚(体の位置や動きを無意識の内に認識する proprioception)が適用されているので、2018年にジョナサン・キプニスが「第七感としての免疫システム」と訂正し、免疫システムの役割は微生物を感知して、その情報を神経系に伝達することであるとした。この考えは、先に引用したセルゲイ・メタルニコフの言葉と非常に良く重なる。
2017年、ヴェイガ・フェルナンデスらは、免疫システムというものは内外の生態系からの情報を受容・統合して反応することにより、生体のホメオスタシスを維持しているという「センサー免疫システム理論」を発表した。その上で、この過程に関与しているのが「神経免疫細胞ユニット」(NICU)であるとした。具体的には、リンパ器官、脂肪組織、粘膜などの特定の部位に神経細胞と免疫細胞が共存し、造血、器官形成、炎症、組織の修復、熱発生などの生理的過程を統合的に制御している。
このように現在考えられているシステム間の連携が明らかにされてくると、免疫という機能はネットワークを構成する生体全体によって担われ、ホメオスタシス維持に関わっているという図が浮かび上がってくる。この章のエピグラフとして取り上げたクロード・ベルナール(1813-1878)の「システムというものは自然のなかにはなく、人間の精神のなかにしかない」という言葉が改めて迫ってくる。同時に、全体論的な見方の再検討が必要になることを我々に教えているようである。
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第3章、第4節では、内部環境とホメオスタシスを再考している。ホメオスタシスという言葉は特に説明もなくこれまで使ってきたが、この概念のもとにはクロード・ベルナールの「内部環境」(milieu intérieur)がある。ベルナールはその著『動物と植物に共通する生命現象に関する講義』(1878)の第二講「生の三形態」において、「潜在的な生」(化学的要求性が低く、生命活動が止まったように見える)、すべての植物とほとんどの動物が当てはまる「変動し依存する生」、そして内部環境を持っているために可能な「自由で自立した安定した生」があり、それは外部環境とのバランス(闘争)によって決まるとしている。
内部環境とは、体内の液性成分(血液、リンパ液、間質液)が細胞や臓器を浸し、外部環境から護る環境を構成している。この内部環境の「固定性」(fixité)こそが、自由で自立した安定性の中にある生を保証しているとした。ここで言う安定性はある幅を持ったものが想定されていたにもかかわらず、サーモスタットのような厳密な制御を想起される固定性という言葉が使われたことで、後の展開に影響を与えた可能性がある。
内部環境を「ホメオスタシス」(homeostasis)という概念に発展させたのが、アメリカの生理学者ウォルター・キャノン(1871-1945)である。ホメオスタシスは、生物に特有の、多くの臓器が協調して定常状態を維持する生理反応で、同一性を表す「homo」ではなく、類似性を表す「homeo」を使っているにもかかわらず、制御が固定的であると解釈された。そのため、実際には動的な制御が行われていることを強調する新たな概念が提出された。その代表例がピーター・スターリング(1940-)が提唱した「アロスタシス」である。この特徴は、(1)環境や社会的影響により、すべての生理的パラメータが変化する(2)このような外界の変化(ストレス)に対応する能力も問題にする(3)生体の処理能力を超えた場合には「アロスタシス過負荷」という病的状態になる(4)その調節には脳が関与するなどが挙げられている。
ここで見たような全体論的なホメオスタシスの視点は、古代ギリシアに始まる医学の歴史を貫くものである。現代の研究者が行っていることを見ても、各自が興味を持っている対象――遺伝子、分子、細胞、臓器、オーガニズムなど――に関するホメオスタティックな制御に関するものであると言っても過言ではないだろう。
この節の最後で、キャノンが書いている「生物学的恒常性と社会的恒常性」という論考から、生物学で明らかになった知見を社会問題に安易に援用することの問題点を指摘している。それは、哲学的省察なしに、意図的に、ある目的のために使われる危険性を含んでおり、我々は常に警戒しなければならないだろう。第4章では視界を全生物界に広げ、そこにある免疫システムとされるものを検討している。今回は、細菌、植物、無脊椎動物、そして無顎類の免疫システムをカバーしている第1節から第3節まで読むことができた。以下、簡単にまとめておきたい。
細菌のCRISPR-Casシステムが獲得免疫に相当する機能を担っていることが明らかにされてから、まだ20年も経過していない。CRISPR-Casは、リピート配列(数十塩基)とスペーサー配列(外来DNA由来)が交互に並んだ繰り返し配列(CRISPR遺伝子座)と、近接して存在するDNA切断などを担う酵素であるCasタンパク(CRISPR関連タンパク)をコードする遺伝子座から構成されている。
その機能は、適応、発現、干渉という三段階に分けられる。適応は、侵入した遺伝子をCasタンパクが切断して、その断片がゲノムのスペーサー配列に組み込まれる過程で、抗原認識と免疫記憶の形成に当たる。発現段階ではCRISPR遺伝子座が転写され、第三段階の干渉においてCasタンパクとの複合体が侵入した外来遺伝子のところにガイドされ、記憶された配列と同一部位を切断する。これが二次反応であり、抗原の排除に当たる。これらは獲得免疫の特徴を具えている。興味深いことに、ここでも自己免疫とその抑制機構が存在していることが明らかにされている。
また1960~1970年代から自己・非自己の識別に関与していることが示唆されていた制限修飾系は、外来遺伝子にある認識部位を細菌の制限酵素は切断して侵入したDNAを破壊するが、自己にある認識部位は修飾(メチル化)されるため制限酵素は切断できないというものである。これは確かに自己・非自己の識別に関与しているため免疫システムとされ、抗原(侵入NDA)特異性や免疫記憶がないために自然免疫に相当するとされる。制限修飾系はCRISPR-Casと共同して効果的な防御をしているとされる点でも哺乳類の免疫と類似している。
参加者からのコメント
◉ 「生命とは免疫システムが成功した一つのフェーズのことである」(ペーター・スローダイク)という資料の中に在った言葉が印象的でした。
自然の中で生命が発生し変動する環境の中で個体を維持するために免疫という巧みな仕組みが生じてきたことに驚かされます。多くの免疫研究からは、免疫が個体内部の他の仕組み(神経系や内分泌系)と連動して生命維持のために機能していること、さらには植物や細菌などの多くの生物にも免疫の機能が備わっていることなど、当然の帰結ともいえる事象が明らかにされつつあります。免疫学がこれまでの枠を乗り越えて生物学との連動へと拡がっているようにも感じられました。どの研究分野でも同じことが言えるのかもしれませんが、分野の枠を越えたりものことの定義や思考を拡げるためには、全体を捉える哲学的な思考と視点が必要であることを改めて思った次第です。
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