23 免疫再考(5)PK-1




第23回サイファイカフェSHE



シリーズ: フィリップ・クリルスキー著『免疫の科学論』を読む(1)

日 時: 2026年3月6日(金)18:00 ~20:30

会 場:恵比寿カルフール B会議室


東京都渋谷区恵比寿4-6-1 恵比寿MFビルB1


参加費: 一般 1,500円、学生 500円(コーヒー / 紅茶が付きます)



カフェの内容

免疫についてのカフェを継続してほしいとのメンバーからの提案を受けて、今回からフィリップ・クリルスキー(1942–)著『免疫の科学論――偶然性と複雑性のゲーム』を読み、免疫を新たな視点から考察するシリーズを始めることにいたしました。第1回目は、「はじめに」と第1部「進化における生体防御」をできるところまで読む予定です。第1部の構成は、第1章「進化における捕食生物と獲物」、第2章「系統樹の下部にある自然防御」、第3章「断絶――獲得免疫」、第4章「進化における獲得免疫」、第5章「生物の複雑性とその進化」、第6章「生体防御とロバストネス」となっております。

参加予定者には、あらかじめ参考資料をお送りする予定です。その上で、以下のテクストをお読みいただいてから参加されると、理解が深まると思います。

テクスト: フィリップ・クリルスキー著『免疫の科学論――偶然性と複雑性のゲーム』矢倉英隆訳(みすず書房、2018) p. 1–133.
これらの問題に興味をお持ちの方の参加をお待ちしております。
連絡先: 矢倉英隆 she.yakura@gmail.com

よろしくお願いいたします。


カフェのまとめ





今回からフィリップ・クリルスキー著『免疫の科学論』(拙訳、みすず書房、2018)を読むシリーズを始めることにした。初回は、全6章からなる第1部「進化における生体防御」の第4章まで読み進むことができた。

第1部の章構成は以下のようになっている。

第1章 進化における捕食生物と獲物
第2章 系統樹の下部にある自然防御
第3章 断絶――獲得免疫
第4章 進化における獲得免疫
第5章 生物の複雑性とその進化
第6章 生体防御とロバストネス

因みに第2部では、ヒトの生体防御を担うモジュールとモジュラリティが提唱され、それらをもとに第3部では統合が行われる。この統合はあくまでも上にとどまってそこに居続けることにより全体を理解しようとする作業である。


それでは第1章から始めたい。

まず進化を検討することには理由があることが指摘される。一般論として、何かを理解しようとするとき、過去を知ることが重要になる。それから、ヒトゲノムにはそれ以前の進化段階にある生物の生体防御機構が蓄積されていることを挙げている。ここから、ヒトの生体防御を理解することを最終目的に掲げていることが垣間見える。わたしの視点は若干異なり、免疫(生体防御としてもよい)という現象を理解したいということが基本にあるので、系統樹を辿ることは不可欠である。免疫を持つすべての種を検討して、そこで見られる共通の最小要素を本質とするという考え方を採用したからである。プラトン(427–347 BCE)を引くとすれば、本質は原初の段階に見られるというが、その言葉通り、進化の最初期にある細菌の免疫システムの中に最小の要素が認められた。

「すべての進化は共進化である」という考えが提示される。進化的軍拡競走が行われており、持続するためには走り続けなければならないという状況に置かれていると言えるのかもしれない。

本書における重要な点は、生物の外だけではなく内の異常や混乱を探知し、対処するものとして生体防御を捉えていることである。外界の病原体の他、内部の異常としての腫瘍、分子的に破綻した自己、異所性分子など、自己・非自己に関わらず宿主として許容できない状態が対象となる。感染防御として、病原体そのものを検出するというやり方の他に、感染によって引き起こされた傷害を間接的に検出するという様式もあることが明らかにされている。バーネット(18991985)のクローン選択説は、非自己は排除されなければならないと考えるが、修正が必要になるだろう。

第3章で詳述されるが、獲得免疫の定義として、抗体(B細胞受容体)、T細胞受容体、主要組織適合遺伝子複合体(MHC)を持つことを挙げている。つまり、それ以前の進化段階には自然免疫しか存在しないという立場である。この立場で強調されるのは、獲得免疫が出現した顎口上綱の前後で断絶があることである。これは今でも優勢な見方であるのかもしれない。ただ、拙著『免疫から哲学としての科学へ』では、すべての生物に自然免疫と獲得免疫が存在するという包摂的な立場を取った。ご参照いただければ幸いである。


第2章では、上記定義による獲得免疫が出現する以前の自然防御の種々相について語られている。かいつまんで紹介したい。

細菌において明らかにされたこととして、エピジェネティクスとしての制限修飾系を挙げている。これは、制限酵素メチル化酵素から構成され、自己のDNAをメチル化して制限酵素の作用を免れる一方、メチル化されていないファージDNAは制限酵素によって破壊されるという細菌の防御機構の一翼を担っている。本書では、細菌の獲得免疫に当たるCRISPR-Casシステムについては触れられていない。さらに、ウイルス遺伝子、細胞遺伝子、がん遺伝子の間に密接な関連が見られる例も明らかにされている。

生物学的に重要な発見がヒトとは結び付きそうもない生物で行われている。シドニー・ブレナー1927–2019)がモデル動物として確立した線虫において、RNA干渉アポトーシスのメカニズムが解明された。ショウジョウバエにおいては、以下のような分子が発見されている。抗微生物ペプチド、真菌免疫に関与するToll(これは自然免疫で中心的な役割を担うトル様受容体(TLR)の発見につながった)、著しい多様性を示すダウン症候群細胞接着分子(DSCAM)(当初獲得免疫に関与するのではないかとも考えられたが、免疫における役割はまだ確定していないようである)など。多様性を示す分子はウニにおいても見つかっている。TLR(ヒトで十数種だが、222種類)、NOD様受容体(ヒトで約20種だが、203種類)、スカベンジャー受容体(ヒトでは数十種だが、1,000種類以上)だが、これらの詳細な役割についてはまだ明らかにされていない。

ウスイタボヤ(Botryllus schlosseri)の群体形成における適合性を決める遺伝子としてFuHC(fusibility histocompatibility)が同定されたが、適合性遺伝子そのものではなさそうだと記述されている。本書の刊行が2014年なので、2013年に発見されたホヤ組織適合因子(Botryllus histocompatibility factor)は取り上げられていない。それから植物の防御機構についても触れられている。この章の最後にある項目のタイトル「それぞれの解決法」が、免疫あるいは生体防御を理解する上でのキーワードになるだろう。それぞれの種は、その種に固有で、その種に適応した解決法を見つけてきたので、その構造が似ていると考える理由はないということである。


第3章のタイトルは、「断絶――獲得免疫の出現」となっている。その意味するところは、進化の早い時期にはパターン認識受容体によって自己には存在しない微生物に特徴的な分子パターンを認識しているが、上述の通り、微生物を特異的に認識する受容体が出現して本格的な「先取りする」免疫が可能になったことを獲得免疫として捉え、それ以前との間に断絶があるとしている。

最初に、獲得免疫を特徴づけるB細胞と抗体、T細胞とT細胞受容体、MHCについての歴史が紹介される。

まず、B細胞と抗体のセクションでは、免疫の本体を巡る19世紀末のメチニコフ(18451916)による細胞説(マクロファージ)とエミール・フォン・ベーリング(18541917)による液性説(抗体)の対立、それから抗体の多様性生成のメカニズムの対立として、指令説と選択説が紹介される。さらに、ジョルジュ・ケーラー(1946–1995)、セーサル・ミルスタイン(19272002)によるモノクローナル抗体の開発、利根川進(1939)による抗体の多様性生成の遺伝子レベルでの解明(抗体遺伝子断片のランダムな組み合わせ)が紹介される。

T細胞とT細胞受容体では、T細胞のサブセットとして細胞傷害性T細胞とヘルパーT細胞があり、細胞表面のマーカーにより識別可能であること、T細胞受容体の多様性生成メカニズムも基本的にはB細胞と同様で、異なる遺伝子断片のランダムな組み合わせによること、B細胞受容体との違いとして、① 親和性成熟はないこと、② 分泌型の受容体はないこと、③ 2つの分子(MHCと抗原のペプチド断片)を認識することを挙げている。

そしてMHC(ヒトではHLA)だが、これは移植の成否を決める遺伝子として同定、研究された。ピーター・ゴラー(19071961:全くの蛇足だが、わたしは彼の孫弟子であることを最近認識した)、ジョージ・スネル(19031996)らによりマウスのMHC(H-2と呼ばれる)が研究され、後にヒトの白血球抗原(HLA)がジャン・ドーセ(1916–2009)らにより明らかにされた。HLAも多様性が著しいが、これも複数の遺伝子座と各遺伝子座に存在する多数の対立遺伝子のランダムな組み合わせによって生まれていることが明らかにされてる。

上述の通り、B細胞は3次元構造を認識するが、T細胞はペプチドとMHCを同時に認識する。その際、MHCとペプチドの関係はどうなっているのか、受容体は2つなのか、1つなのかが問題になった。MHCの構造解析の結果、MHCの中にポケット状の部分があり、そこにペプチドが入っていること、そして1つのT細胞受容体が2つの分子を認識していることが明らかにされた。

液性反応が起こる過程は大雑把に言うと、次のようになっている。
① 抗原が侵入する 
② 樹状細胞がMHC上に抗原ペプチドを結合し、細胞表面に提示する
③ 適合するT細胞が結合し増殖する 
④ 抗原は3次元構造を介してB細胞にも結合する
⑤ B細胞活性化のためには、同じ抗原に反応したヘルパーT細胞との出合いが必要となる
⑥ B細胞は自身のMHCにペプチドを提示し、それをT細胞が認識する
⑦ 両細胞が活性化され、指数関数的な増殖により大量の抗体を産生する
⑧ 抗体のアフィニティ成熟が見られる

T細胞の反応も樹状細胞の指揮下にある=活性化された樹状細胞によって活性化されなければ、リンパ球は活性化しない


第4章のタイトルは「進化における獲得免疫」で、獲得免疫を特徴づけるB細胞受容体、T細胞受容体、その遺伝子組み換えを触媒する酵素(RAG)、MHCが顎口上綱から見られ、受容体の多様性生成メカニズムが解説されている。ヒトやマウスでは、多数のV遺伝子、(多数のD遺伝子)、多数のJ遺伝子があり、V(D)J再構成とjunctional diversityによって多様性を作る。ここに至るまでには、様々な形態が見られるので、進化が継続していたことが想像される。例えば、多型性が特徴のMHCだがモグラでは多型性はほとんどない。移動しないこと、病原体圧が少ないこと、自然免疫が強化されていることなどがその理由とされている。抗体に関しては、ニワトリにおいて、1つ(または少数)の機能V遺伝子とその周囲に多数の pseudo V遺伝子があり、そこから配列をコピーしてB細胞発生中にV領域を書き換えて(gene conversion:遺伝子転換)多様性を作る。これらの結果は、免疫の本質は構造やメカニズムにあるのではなく、特定の条件下における機能(この場合は、多様性を作るということ)の維持にあるのではないだろうか。

最後に、無顎類(現在はヤツメウナギとヌタウナギだけが生存)における免疫機構が紹介されている。マックス・クーパー(1933)のグループが無顎類を調べ、T細胞受容体、B細胞受容体、MHCは見られなかったが、多様性を示す可変性リンパ球受容体(variable lymphocyte receptor: VLR)が存在することを明らかにした。これはT細胞受容体やB細胞受容体とは異なり、不完全なVLR遺伝子の両脇にロイシンリッチリピートのカセットがあり、それがVLR遺伝子にランダムに組み込まれることにより多様性を発現している。2004年にB細胞様のVLRB細胞、2009年にT細胞(αβ型)様のVLRA細胞、2011年にはT細胞(γδ型)様のVLRC細胞が同定されている。これらの結果もまた、多様性の生成はB細胞受容体で見られるような遺伝子再構成以外のメカニズムを介することもあることを示しており、クリルスキーは「可能性の空間は想像以上に広い」という言葉でこの現象が意味するところを表現している。

このように免疫現象を見てくると、免疫にはすべてを確実に動かすための指揮者のような存在は不在で、最初に最低限の材料は準備されているが、そこから先は偶然性を通じて無限の可能性へと開かれているシステムと言えそうである。もう一つ感じたのは、拙著『免疫から哲学としての科学へ』と併せて読むことで、より立体的な理解ができるようになるのではないかということであった。



参加者からのコメント


◉ 著者のクリルスキー教授が本書の刊行にあたって念頭にあったのは、「免疫学は複雑で非常に特殊な学問で、複雑で閉じている」であったかと思います。専門用語が多く使われ、それが免疫学の複雑さと結びついてわかりにくいものになっている、とまえがきで述べています。エンジアリングで用いられる、ロバストネス、モジュラリティそしてモジュールなどの概念を免疫機能の機能にあてはめ、生物進化と併せて免疫の全体像を記述しようとするクリルスキー教授の方法は、医学の専門知識を持ち合わせないエンジニアの私には、免疫を理解する上での一助となります。

私がいつも持っている疑問は、なぜ病原体ベクターが自身の持つウイルスや病原菌に対して感受性が低く病気にならないのだろうか?ということです。例えば、渡り鳥はインフルエンザウイルス、コウモリはエボラ出血熱、SARS、MARS、新型コロナウイルスの、ネズミはペストの病原体ベクターですが、それぞれに重症化はしません。クリルスキー教授も鳥がいる限りインフルエンザはなくならないと言っています。多分、これらの病原体ベクターは、他の生物と同様に、進化の過程で病原体と共存するという戦略をとってきたことが想像されますが、共存の鍵はなんであるかという研究はあまり行われていないようで、何故なのかを質問してみました。私自身は、研究対象の病原体ベクターが取り扱いにくいこと、免疫システムが人間と大きく違うこと、共進化の過程に違いがあることなど、研究の結果をそのまま人間にあてはめることができないことが要因であるように思っていますが、結論は出ませんでした。病原体ベクターと病原体の共存原因を知ることは人の生存への鍵であると思うので、このような成果がすぐに見込めない基本的な困難な免疫研究が活発化するような環境が醸成されればいいと思います。
 
もう一点の議論は、自然免疫の連続的進化の過程でなぜ突然に獲得免疫が生じたのか、そして哺乳類にクリスパー遺伝子が存在しないのか、でした。私は、自然免疫が高度化して進化の度合いが急激化したのではないかと思いましたが、この議論も結論は出ませんでした。哺乳類になぜCRISPRが存在しないかについては、単細胞生物の生存様式に、ウイルス感染が即に死を意味するのでウイルスを切断して除去する方法が必要だったためではないか、哺乳類はゲノムの安定性が重要だからではないかという意見が出されていました。
 
それから免疫の定義について、どこまでを免疫とするかはっきり定義をしておくべきという意見、と免疫の周辺研究の進展とともにその定義づけが難しくなっているという議論がありました。科学を文化にするという観点からは、「生体防御・維持システム」という大きな枠組みの中に免疫系の研究を位置づけ、統合的な研究システムの構築を目指してゆくのがよいのではなかという感想を、医学的背景のない私は勝手に持ちました。今後も議論が必要なようです。貴重な時間を有難うございました。


◉