免疫についてのカフェを継続してほしいとのメンバーからの提案を受けて、今回からフィリップ・クリルスキー(1942–)著『免疫の科学論――偶然性と複雑性のゲーム』を読み、免疫を新たな視点から考察するシリーズを始めることにいたしました。第1回目は、「はじめに」と第1部「進化における生体防御」をできるところまで読む予定です。第1部の構成は、第1章「進化における捕食生物と獲物」、第2章「系統樹の下部にある自然防御」、第3章「断絶――獲得免疫」、第4章「進化における獲得免疫」、第5章「生物の複雑性とその進化」、第6章「生体防御とロバストネス」となっております。
参加予定者には、あらかじめ参考資料をお送りする予定です。その上で、以下のテクストをお読みいただいてから参加されると、理解が深まると思います。
テクスト: フィリップ・クリルスキー著『免疫の科学論――偶然性と複雑性のゲーム』矢倉英隆訳(みすず書房、2018) p. 1–133.
これらの問題に興味をお持ちの方の参加をお待ちしております。
連絡先: 矢倉英隆 she.yakura@gmail.com
よろしくお願いいたします。
カフェのまとめ
今回からフィリップ・クリルスキー著『免疫の科学論』(拙訳、みすず書房、2018)を読むシリーズを始めることにした。初回は、全6章からなる第1部「進化における生体防御」の第4章まで読み進むことができた。
因みに第2部では、ヒトの生体防御を担うモジュールとモジュラリティが提唱され、それらをもとに第3部では統合が行われる。この統合はあくまでも上にとどまってそこに居続けることにより全体を理解しようとする作業である。
それでは第1章から始めたい。
まず進化を検討することには理由があることが指摘される。一般論として、何かを理解しようとするとき、過去を知ることが重要になる。それから、ヒトゲノムにはそれ以前の進化段階にある生物の生体防御機構が蓄積されていることを挙げている。ここから、ヒトの生体防御を理解することを最終目的に掲げていることが垣間見える。わたしの視点は若干異なり、免疫(生体防御としてもよい)という現象を理解したいということが基本にあるので、系統樹を辿ることは不可欠である。免疫を持つすべての種を検討して、そこで見られる共通の最小要素を本質とするという考え方を採用したからである。プラトン(427–347 BCE)を引くとすれば、本質は原初の段階に見られるというが、その言葉通り、進化の最初期にある細菌の免疫システムの中に最小の要素が認められた。
「すべての進化は共進化である」という考えが提示される。進化的軍拡競走が行われており、持続するためには走り続けなければならないという状況に置かれていると言えるのかもしれない。
本書における重要な点は、生物の外だけではなく内の異常や混乱を探知し、対処するものとして生体防御を捉えていることである。外界の病原体の他、内部の異常としての腫瘍、分子的に破綻した自己、異所性分子など、自己・非自己に関わらず宿主として許容できない状態が対象となる。感染防御として、病原体そのものを検出するというやり方の他に、感染によって引き起こされた傷害を間接的に検出するという様式もあることが明らかにされている。バーネット(1899–1985)のクローン選択説は、非自己は排除されなければならないと考えるが、修正が必要になるだろう。
第3章で詳述されるが、獲得免疫の定義として、抗体(B細胞受容体)、T細胞受容体、主要組織適合遺伝子複合体(MHC)を持つことを挙げている。つまり、それ以前の進化段階には自然免疫しか存在しないという立場である。この立場で強調されるのは、獲得免疫が出現した顎口上綱の前後で断絶があることである。これは今でも優勢な見方であるのかもしれない。ただ、拙著『免疫から哲学としての科学へ』では、すべての生物に自然免疫と獲得免疫が存在するという包摂的な立場を取った。ご参照いただければ幸いである。
第2章では、上記定義による獲得免疫が出現する以前の自然防御の種々相について語られている。かいつまんで紹介したい。
細菌において明らかにされたこととして、エピジェネティクスとしての制限修飾系を挙げている。これは、制限酵素とメチル化酵素から構成され、自己のDNAをメチル化して制限酵素の作用を免れる一方、メチル化されていないファージDNAは制限酵素によって破壊されるという細菌の防御機構の一翼を担っている。本書では、細菌の獲得免疫に当たるCRISPR-Casシステムについては触れられていない。さらに、ウイルス遺伝子、細胞遺伝子、がん遺伝子の間に密接な関連が見られる例も明らかにされている。
生物学的に重要な発見がヒトとは結び付きそうもない生物で行われている。シドニー・ブレナー(1927–2019)がモデル動物として確立した線虫において、RNA干渉やアポトーシスのメカニズムが解明された。ショウジョウバエにおいては、以下のような分子が発見されている。抗微生物ペプチド、真菌免疫に関与するToll(これは自然免疫で中心的な役割を担うトル様受容体(TLR)の発見につながった)、著しい多様性を示すダウン症候群細胞接着分子(DSCAM)(当初獲得免疫に関与するのではないかとも考えられたが、免疫における役割はまだ確定していないようである)など。多様性を示す分子はウニにおいても見つかっている。TLR(ヒトで十数種だが、222種類)、NOD様受容体(ヒトで約20種だが、203種類)、スカベンジャー受容体(ヒトでは数十種だが、1,000種類以上)だが、これらの詳細な役割についてはまだ明らかにされていない。
ウスイタボヤ(Botryllus schlosseri)の群体形成における適合性を決める遺伝子としてFuHC(fusibility histocompatibility)が同定されたが、適合性遺伝子そのものではなさそうだと記述されている。本書の刊行が2014年なので、2013年に発見されたホヤ組織適合因子(Botryllus histocompatibility factor)は取り上げられていない。それから植物の防御機構についても触れられている。この章の最後にある項目のタイトル「それぞれの解決法」が、免疫あるいは生体防御を理解する上でのキーワードになるだろう。それぞれの種は、その種に固有で、その種に適応した解決法を見つけてきたので、その構造が似ていると考える理由はないということである。
第3章のタイトルは、「断絶――獲得免疫の出現」となっている。その意味するところは、進化の早い時期にはパターン認識受容体によって自己には存在しない微生物に特徴的な分子パターンを認識しているが、上述の通り、微生物を特異的に認識する受容体が出現して本格的な「先取りする」免疫が可能になったことを獲得免疫として捉え、それ以前との間に断絶があるとしている。
最初に、獲得免疫を特徴づけるB細胞と抗体、T細胞とT細胞受容体、MHCについての歴史が紹介される。
まず、B細胞と抗体のセクションでは、免疫の本体を巡る19世紀末のメチニコフ(1845–1916)による細胞説(マクロファージ)とエミール・フォン・ベーリング(1854–1917)による液性説(抗体)の対立、それから抗体の多様性生成のメカニズムの対立として、指令説と選択説が紹介される。さらに、ジョルジュ・ケーラー(1946–1995)、セーサル・ミルスタイン(1927–2002)によるモノクローナル抗体の開発、利根川進(1939–)による抗体の多様性生成の遺伝子レベルでの解明(抗体遺伝子断片のランダムな組み合わせ)が紹介される。
T細胞とT細胞受容体では、T細胞のサブセットとして細胞傷害性T細胞とヘルパーT細胞があり、細胞表面のマーカーにより識別可能であること、T細胞受容体の多様性生成メカニズムも基本的にはB細胞と同様で、異なる遺伝子断片のランダムな組み合わせによること、B細胞受容体との違いとして、① 親和性成熟はないこと、② 分泌型の受容体はないこと、③ 2つの分子(MHCと抗原のペプチド断片)を認識することを挙げている。


